『RAILWAYS』シリーズを撮り続けたい─
前作から7年の時を経て誕生したシリーズ最新作

シリーズ2作目『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』が公開した直後から、プロデューサーたちは「この『RAILWAYS』 シリーズを撮り続けたい──」と、すぐに次回作の準備に取りかかっていた。次なる物語のアイデアとして浮上したのは、“女性運転士”が主人公の物語。候補地探しが始まった。そして、2013年に運命の出会いが訪れる。鹿児島の劇場・天文館シネマパラダイスのこけら落としで『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』の上映イベントが行われることになり、阿部秀司エグゼクティブプロデューサーは、そのイベントの火付け役であり友人でもある島津公保氏から「肥薩おれんじ鉄道を舞台にした映画を作れないか?」と声をかけられる。さっそく出水駅から一両の車両に乗り込み──「かつてJRの鹿児島本線が走っていた頃にブルートレインに乗ったことはあったけれど、そこに可愛い一両のディーゼルが走っているアンバランスさに魅力を感じた」──と、一瞬にして心を奪われる。また同じ頃、石田和義プロデューサーも同鉄道の観光列車<おれんじ食堂>に着目していたこともあり、導かれるようにシリーズ最新作の舞台はおれんじ鉄道に決まった。その後、島津氏によって映画「かぞくいろ」制作を応援する会が発足され、ついに2018年1月17日、熊本県肥後二見駅からキャストが乗り込み、おれんじ鉄道での撮影が始まった。タイトルの“かぞくいろ”は、家族にはさまざまな形があること、血の繋がりだけではないこと、家族それぞれに“色(=らしさ)”があることを表現している。女性運転士、色々な家族の在り方、今この時代に響く『RAILWAYS』が誕生した。

王道と普遍を描ける若手監督と大御所スタッフ
名優と新人それぞれと向きあった有村架純の化学反応力

『RAILWAYS』シリーズに原作はなく、監督も脚本も毎回異なる。最新作の監督と脚本を任されたのは𠮷田康弘。監督デビュー作『キトキト!』をはじめ、『江ノ島プリズム』『バースデーカード』など、オリジナル脚本で勝負している監督だ。年齢的には若手に入るが「王道と普遍をしっかり描ける監督、しかも脚本も書ける。『RAILWAYS』という映画にぴったりだと思った」という制作サイドのオファーに「大人の映画が減っているこの時代に大人向けの映画、しかもオリジナルの『RAILWAYS』シリーズ、ぜひ挑戦してみたいと思いました」と快諾。撮影・照明には『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズや『愛を乞うひと』で知られる柴崎幸三と上田なりゆきのタッグが実現し、録音には『パッチギ!』や『寄生獣』シリーズ、『怒り』などの白取貢など、映画界の大御所が参加。「𠮷田組はとてもいいチームだった」という声がスタッフからも挙がっている。そして俳優部──ヒロインの晶を演じる有村架純に求められたのは、演技力はもちろん「共演者と化学反応をみせてくれる女優」であることだった。その期待どおり、数百人の中からオーディションで選ばれた駿也役の歸山竜成、ベテランにして名優の國村隼の芝居を受け止め、そこから晶の感情を作っていく。気づくと徐々に晶を応援したくなっているのは、有村の表現力によるものだ。

撮影
エピソード ❶

青木崇高と歸山竜成、親子になるための役づくり
有村架純と國村隼、跨線橋でみせた完璧な演技

撮影は2018年1月10日〜2月17日、鹿児島の阿久根市と肥薩おれんじ鉄道の沿線がメインのロケ地となったが、撮影は東京パートから始まった。修平が駿也に野球を教えるバッティングセンター、晶と修平が出会うスーパー、病院、産婦人科、葬儀場……5日間で十数シーンを撮っていく。修平を演じる青木崇高の撮影は4日間。日数的にも登場シーン的にも決して多くはないが、晶と駿也の記憶の中に生き続ける存在であるからこそ、青木は駿也との思い出作りに特に力を注いだ。劇中に登場するさつまいもカレーを2人で作ったり、多摩川の河川敷で野球をしたり、電車に乗ってファミレスでご飯を食べたり、演技経験の少ない歸山にとって芝居の練習は確かに重要だが、それ以上に楽しい想い出を作ることが今回は大事だった。そうすることで、クライマックスの半成人式で父親との想い出を嘘なく語ることができる、涙を流すことができるはずだと。一方、有村は撮影4日目に、國村は撮影初日に、もうひとつのクライマックスシーンを撮影しなければならなかった。場所は池袋の跨線橋。運転士になることを諦めて東京へ戻ってきた晶、彼女を追いかけてきた節夫、2人が本音を語る感動的シーンだ。絶え間なく電車が行き交い、人も車も多いなかで、有村は本気の涙を流し、國村は静かに受け止め、約3ページのシーンを4時間かけて撮っていった。

撮影
エピソード ❷

生活感と歴史を感じさせるこだわりの奥薗家
真冬のロケを温めてくれた鹿児島の味

節夫、晶、駿也が暮らす奥薗家は、鹿児島・阿久根市大川にある一軒家がロケセットとして使われている。美術部と装飾部がこだわったのは、節夫が暮らしてきた何十年という年月を家に刻み込むことだった。節夫は奥さんと息子の修平とどんな生活を送っていたのか──3人家族の歴史が伝わってくるような、圧倒的リアリティのある家になっている。2階の修平の部屋にもこだわりがある。修平は一人っ子であるのに大きな二段ベッドがある。ベッドをブルートレインの寝台の客室に見たてているという設定だ。母親は修平が幼い頃に亡くなっていて、父親は運転士で宿泊勤務も多く家にいない、ひとりで過ごすことが多かったのではないか、というのがロケセットからも伝わってくる。机の上には未来の阿久根市の街の模型があるが、未完成のまま。それを駿也が引き継ぐシーンが描かれている。奥薗家のロケセットをはじめ阿久根での撮影時には、地元の商工会議所の婦人部が幾度となく訪問、カレー・シチュー・豚汁・もつ鍋・鶏飯などの温かい炊き出しでスタッフ&キャストのお腹と心を満たしてくれた。

撮影
エピソード ❸

肥薩おれんじ鉄道の全面協力で実現
本物のロケーションのなかで生まれる名シーン

晶が運転士になるために研修を受けるシーンはJR九州の研修センター、駅のホームは阿久根駅・出水駅・薩摩大川駅・水俣駅──肥薩おれんじ鉄道の全面協力のもと撮影は行われた。なかでも晶が節夫に指導を受けるシーンは2人が家族になっていく過程のひとつ、重要なシーンだ。おれんじ鉄道の運転士に動きや用語を教わり、本物の車両を貸し切って撮影している。ただ、通常のダイヤ(運行)の合間を縫っての撮影であり、常に時間との勝負だった。晶と節夫、2人の会話のやりとりにリアリティを持たせるために、現場で急遽セリフが追加されることもあったが、専門用語も國村の鹿児島弁も完璧。これまで様々な役を演じてきた國村だが運転士役は初めてだった。節夫は勤続37年のベテラン運転士だが、晶はこれから運転士になろうとするキャラクター。有村は敢えて予備知識は入れず、晶として、役と一緒に運転士について学んでいく方法をとっている。ラストシーンの俯瞰で映し出される列車の走行シーンはドローンで撮影され、この映画を象徴する美しい景色のひとつとして刻まれた。

撮影
エピソード ❹

「本当の家族とは何か?」を問いかけるクライマックス
丸1日かけて撮影した涙と感動の半成人式

晶と駿也にとってのクライマックス、半成人式のシーンは奥薗家のロケセットからほど近い小学校の講堂を借りて撮影された。式では10歳になった生徒たちが、両親に感謝の気持ちを作文にして伝えることになっているが、駿也には父親も母親もどちらもいない。しかも父・修平の死をいまだに受け止め切れていない。そんな駿也の気持ちをどこまで感情的に表現することができるのかが、歸山にとっての最大の挑戦だった。約3分のスピーチ。徐々に言葉を詰まらせ、本気の涙を流す──監督の「OK」が出ると、講堂を埋める約90人の出演者たちから拍手が湧いた。そして、スピーチの途中で式に駆けつけた晶との衝突。駿也は講堂から飛び出し、高台にある神社へ。父・修平の死を受け入れられずに晶にひどいことを言ってしまう駿也、彼の気持ちを分かりつつも母親になれていないことにショックを受ける晶、2人にとって初めての大きな衝突だ。晶が東京に戻る引き金となるシーンでもあるため、監督は歸山に「もっと晶を拒絶するように」と演出する。2人の切ない気持ちを察したかのように雪が舞い始め、有村と歸山はそれぞれの感情をぶつけ合った。

文/新谷里映
取材協力/石田和義(プロデューサー)

オンリーワンの肥薩おれんじ鉄道だから描けたもの

もともとJRの鹿児島本線だったものが九州新幹線の開通で廃線の危機に陥り、でもその界隈に生きている人たちの生活のために赤字覚悟で第三セクターとして走らせる、肥薩おれんじ鉄道のプロフィールがすでに映画的でした。立派なレールにたった一両で走る列車は何とも可愛いですし、観光列車の「おれんじ食堂」も成功している、アイディアで頑張っていることに感動しました。そうやって、そこに生きる人たちのために何としても鉄道を残そうとするのはすごく大事なことです。というのも、文化や伝統は、守ろうとする人間がいてこそ後世に繫がっていく、頑張って残そうとしないと残っていかないんです。それは映画にも言えること。だから(この映画を通して)頑張って残そうとする人たちを応援したいと思ったんです。

ジプシーのような主人公が住処(すみか)を見つける物語

過去の2作で運転士になる話も運転士を引退する話も描いている、では3作目はどうするのか──女性運転士なら新しい物語を紡ぐことができると思いました。RAILWAYSシリーズは地方を舞台にした映画でもあるので、まず地方の街が物語の舞台になる必然性を考えました。運転士になる過程には指導官がいるので、指導官は亡くなった旦那のお父さんにしたらどうかと。旦那はお父さんと仲違いしていて、帰りたいけど帰れないまま突然病気で亡くなってしまう。そして奥さんが旦那の故郷で運転士を目指す。シングルマザーの設定にしたのは、その方が、仕事をしなくてはならない、生きていかなければならない、切実さが出ると思ったからです。この映画は、主人公の晶が住処を見つける話でもある。彼女はジプシーのように居心地のいい場所を探して独りで生きてきたけれど、駿也がいるのでもう逃げるわけにいかない。それまで自由に生きていた女性が住処を見つけて根を張ろうと決める、それが晶というヒロインのなかにある物語です。

家族を描いてきたからこそ辿り着いた家族の在り方

家族の形は多様化しています。僕自身も、これまでに家族の映画を撮っていて、その都度、家族とは何かを考えてきました。現代の家族の在り方は、明らかに40〜50年前とは違います。血の繋がりだけが家族ではなく、一緒に生きていく、大変なときに支え合う、つらいときに抱きしめてくれる、手をそっと握って言葉がいらない……そういう関係性が家族なのではないかと。血の繋がりにこだわらないことが今の形だと捉えていて、それを今回の映画の物語に乗せていきました。僕は、映画と現実は地続きだと思って映画作りをしていますが、世の中には血が繋がっていてもひどい親もいる。そういう現実があるなかで、やみくもに家族の大切さや家族の素晴らしさを描いている映画に違和感がありました。だから、血の繋がりにこだわらなくていいし、東京(=都会)で暮らすのが辛ければ離れたらいい、この映画ではそんなこれからの時代の家族像を描いています。

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